Jan 26, 2009

ホームページ制作とレンタルサーバー

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 原発14基を抱える福井県。10日、家庭や企業に一律15%節電を呼び掛けた関西電力の要請に対し、関電美浜原発がある美浜町の会社員、松井秀幸さん(43)は「被災していない自分たちができることをやるという意味で節電は当然」。原発4基が立地する敦賀市の会社員、嶋津充紘さん(34)も「仕方ない。国民全員でやるべきこと」と語った。

 原子力行政に長年関わった若狭湾エネルギー研究センターの来馬克美専務理事は「節電の決断は重い。電力事業者だけでなく、国がまず国民全体の不安を解消することが重要」とし、「原発の立地地域がなければ電力が存在しない。消費地域が立地地域の思いを理解するきっかけになれば」と話した。

 一方、福井県は「原発の再稼働には安全の確保が大前提」としており、現時点で停止中の原発の運転再開を認めない県の姿勢を改めて強調した。

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 菅直人首相の後継をめぐる民主党内の動きについて、10日午前の閣議後記者会見で、閣僚から発言が相次いだ。北沢俊美防衛相は「首相が復興に全力を挙げている中で次の話をするのはおこがましい」と苦言を呈した。さらに野田佳彦財務相擁立を目指す仙谷由人党代表代行(官房副長官)らを念頭に、「ネズミの運動会じゃあるまいし、ちょろちょろして、それをおもしろおかしく書かれている」と不快感を示した。
 玄葉光一郎国家戦略担当相は「少し個人名も含めて先行し過ぎている」と、過熱傾向への懸念を表明した。 

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 東京電力は10日、福島第一原子力発電所で働く協力企業の40歳代の男性作業員が早朝、宿舎で意識不明になり、ドクターヘリで福島県いわき市内の病院に搬送されたと発表した。

 大勢のボランティアが、がれきの撤去や泥かきに汗を流している。しかし、津波は住宅だけではなく、住民同士の結びつきまで押し流した。本格化しつつある東日本大震災からの復興の陰で、まだ多くの被災者が孤立感にさいなまれている。全国から駆けつけ、地元で立ち上がった有志たちは、彼らに寄り添い、新たな絆を生み出す取り組みを始めている。

 「柱しか残ってないかもしれない。でも茶わん一つでいいから持ち帰りたいの」

 今月初め、福島県いわき市内の避難所で、「被災者見守り隊」の佐藤裕子さん(44)に女性の被災者が訴えた。女性宅は福島第1原発半径20キロ圏内の警戒区域にあり、着の身着のままで転々と避難。一時帰宅で被害を直視することに不安を募らせていた。「自分がどうなっちゃうか分からない。ここに戻ったらまた来てくれる?」。佐藤さんがほほえんだ。「必ず来ます」

 被災者見守り隊は市内の避難所を回り被災者の相談相手となるボランティア組織。介護福祉士の佐藤さんがリーダーを務める。

 佐藤さんは勤務先の介護老人保健が被災して休職になり、当時専門職のボランティアを受け入れていた田村市に向かった。避難所に行くと現場は混乱し、誰からも指示がない。「何をすればいいのか」と考えたとき、家に戻れず寂しそうにしていた施設の高齢者の姿が浮かんだ。「とにかく話を聞こう」と決めた。

 いわき市に戻ってからも1人で避難所を回った。避難者は「お世話になっているから」と市職員には遠慮がちだ。食欲のない人や孤立している人に「体調はいかがですか」と声をかけた。世間話をするうちに、支援の必要な課題が浮かぶこともある。「先立つものがない」「ずっと子供と一緒で疲れ切った」。そんな話を聞いては行政につないだ。

 活動を知った看護師や僧侶、大学生が「一緒にやろう」と集まり、4月17日に見守り隊を発足させ、5〜6人が手弁当で駆け回る。

 95年の阪神大震災では、仮設住宅入居後の孤独死が相次いだ。いわき市で現在避難所にいる被災者はピーク時の約50分の1。地域ごとに生活していた人々が散り散りになっていく。

 被災者が入居する公営住宅を訪ねた時、偶然、避難所で会ったお年寄りに再会した。「ここは話し相手がいなくて、寂しいよ」。部屋にこもり、一人で泣くこともあるという。

 避難所がなくなっても、顔が見える支援をしたい。「これからが本番です」【門田陽介、渡辺諒】

 ◇おしゃべりに花咲かせ…人々の結びつき重視

 被災地の宮城県石巻市でも、人々の結びつきを強める試みを、ボランティアたちが支えている。

 「はあー。さっぱりしたよ」。風呂上がりの住民が、居間でおしゃべりに花を咲かせる。同市渡波(わたのは)のホームヘルパー、吉田千代子さん(52)が、自宅を「地域サロン」として開放した。津波を受けたが、給湯設備は奇跡的に無事だった。

 「お茶はいかがですか」。忙しい吉田さんに代わり、運営に当たるボランティアたちが風呂を沸かし、茶をいれ、話し相手になる。津波の記憶、家族の消息……。住民の話にひたすら相づちを打つ。「あいさつ程度だった近所の人とも、ここに来てよく話すようになったよ」。近くに住む女性(72)が明るい表情で言う。

 震災時、吉田さんは1人暮らしの高齢女性宅を訪問中だった。女性を背負って2階に避難して津波を逃れ、3日後に救出された。自宅は傾き、泥だらけで気持ちがふさぐ日々。自宅の片づけを手伝ってくれたボランティアたちに救われた。「彼らに力をもらい、自分にできることをしようと……」。泥かきが一段落したころ、風呂が使えない住民が多いと知り、自宅の提供を決めた。「東北関東大震災・共同支援ネットワーク」(仙台市青葉区)が毎日ボランティア数人を送り出し、日に約10人が利用する。

 ある日。仕事のない吉田さんが天ぷらを揚げ、振る舞った。自宅が被害を受け、近くのアパートに独居する南川鉄弥さん(85)は「家庭の音はいいねえ」。新たな絆が生まれ、笑顔が広がりつつある。【細川貴代】

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